知るということ

前にも書いたテーマだ
あえて、前回の記事は読まないで書く事にする

何故なら、ワタシは今の自分に自信があるから
少なくとも、1年前の自分よりはほんのすこしだけ進んでいてくれないと悲しいでしょ?(^_^;)

世の中には「知る」という事にとり憑かれた人々がいる

大抵は大学や研究施設に生息している

てぃなちゃんもそうだ、ワタシの同期や友人達は、「知るのエキスパートとして」そろそろ教授になっている奴もいる

昔の事、今の事、ちょっとだけ先の事、遥か未来の事・・・・
彼等はいろんな事象の端っこを、針の先みたいな思考能力でチビチビとつついては立ち止まり、咀嚼して排泄して・・・・残りカスを学生に食わせて様子を視てる・・・・(^_^;)))
中には、社会学や経済学のように、その学問自体が虚構である場合もある・・・・例えばクトゥルーの生物学を研究するようにね・・・・
虚構を研究するのもまた、思考実験ではあるけれども・・・・


ワタシはといえば、あまり知りたくはない
普通は
森羅万象を知る事に、どうしようもない程に悦びを感じるのは人としてはわかる

だが
知ったからといって、それがすなわち幸福に結びつくワケではないとワタシは知ってる

どういうことだかはわかるよね?・・・・(^_^;)))

学ぶ事は大事で、知る事は大切だ
そして、それだけでは決して辿り着けない領域も確かにあるのだ

てぃなちゃんは時々、ワタシを丸ごと食べてしまいたいと言う
「そうしたらテルちゃんの能力が自分のものになるかもしれないから!」
「そうしたら宇宙の原理や成り立ちがスベテアラカジメ見えてしまうだろうから!」
・・・・

宇宙の原理の果ては、ただのエントロピー極大だと思うけどね・・・・(^_^;)))
「知る」
という事も、ある意味、それに似ているのかもしれないね・・・・


だったらまあ・・・・とりあえずはワタシを丸ごと食べるのではなく・・・・それなりのエッセンスを飲みほすだけで我慢してもらえないかな?・・・・(^_^;)))
いい成分が入ってるみたいだよ🎵










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by t102910291029 | 2017-11-21 06:04 | Comments(0)
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